環太平洋経済提携協定交渉に関する労働組合宣言

2010年3月15日

 2010年3月15日オーストラリア、ブルネイ、チリ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、米国、ベトナムの政府は提案されている環太平洋経済提携協定(TPP)のための交渉を開始する。以下署名した労働組合は貿易協定の原則に反対してはいない。ただし、その協定が均衡が取れたもので、良好な雇用の創造を促進し、働く人々の利益と権利を守り、長期にわたり均衡の取れた経済発展をもたらし、健康的な環境をもたらすものでなければ支持できない。このことが実際に何を意味するのか、以下明らかにする。交渉を通じて交渉国が雇用に焦点を当て、交渉での決定が質の高い雇用とTPP加盟国の持続可能な経済発展のための総合的な戦略にどう貢献するのか考えるよう強く要請する。また貿易協定により労働者の良質な雇用が犠牲となり投資家が新たな大きな機会を得るようなことを許すわけにはいかない。さらに、貿易協定がうまく機能するためには、公正に一貫して施行されなければならない。
 この宣言は交渉の実質的な、手続きに関する原則を説明するが、その原則が尊重されるのなら全ての人に利益をもたらす協定を生み出すことができるだろう。

 交渉過程

1 単一の良質で公正な貿易協定

 参加国の多くにとってTPPは初めての貿易協定ではなく、これまでも他の国と貿易協定を結んできたが、その全てで貿易協定に寄せる期待は裏切られてきた。21世紀にふさわしい貿易協定を本当に生み出す唯一の方法は、これまでの協定を出来る限り上回り、TPPを最高の水準のものとすることであると信じる。もちろんそれぞれの国で、特に途上国では、独自の課題があり、国によって条文の変更が必要なことは承知している。しかし、中核的な原則は全ての国に共通であると信じている。

2 透明性と市民社会参加

 これまでは市民社会組織は貿易協定交渉から排除され、意味のある参加はできなかった。このようなことは受け入れられず、今回は改めねばならない。全ての交渉国は交渉会議の最中も、会議と会議の間も、交渉の全過程でそれぞれの国の市民社会と定期的で意味のある協議をしなければならない。さらに条文の草案、提案、要望は一般公衆が点検と批評できるようにしなければならない。このような情報公開なくして、交渉過程に対する十分な情報を得た上での参加は不可能である。最後に各国の議会は条文に関して完全に公開された審理を行い、協定を改正する機会を与えられねばならない。

 協定内容

1 労働者の権利

 労働者の権利は貿易の不可欠の構成要素である。労働基本権を行使できる労働者はより良い賃金と労働条件のために団体交渉する力を持っており、そのことにより貿易による利益を資本だけではなく労働者も得られるよう保障している。しかし、残念なことに、TPP参加国間のこれまでの協定の多くは、労働条項がないか、あっても非常に弱いものしかなかった。TPPは最低限、各国がILOの基本的労働基準に違反しない法律や規則を採用し維持し、効果的に執行し、同時に全ての賃金、労働時間、労働安全衛生に関する国内法も尊重することが必要である。さらに参加国はこれらの法律を改悪しようとしてはならない。これらの法律やその他の労働に関する義務的条項の違反は紛争解決手続きの対象となり、協調的な努力が失敗した場合には貿易制裁に至り、貿易制裁を含む強い救済策を取らねばならない。これらの条項の監視には労働者側と雇用者側の代表が参加し、その執行に責任を持つ機関は十分な資財人材を持っていなくてはならない。
 さらにTPPの潜在的参加国の労働法は中核的労働基準と比較すると程度の差はあるものの、不完全なものであるので (訳注1) 、各国政府がその労働法を国際最低基準に合致させる方法を労働側と雇用者側の代表を含めて直ちに検討し始めるよう、強く要請する。この努力はTPPの締結と同時に行われるべきである。

2 投資

 最近の貿易協定の多くは投資条項を含んでおり、国内投資家に与えられている以上の大きな手続き上の権利を外国投資家に与えている。さらに、投資家と国家の間の紛争解決制度には欠陥があり、救済手段の消尽要件 (訳注2) やこの救済請求権の乱用を制限する常設の上訴制度などの規制方法が存在していない。既存の投資条項の一部では、投資家が収用規則や最低待遇基準を利用して環境法令、公衆の安全衛生保護策などに違反している。これらの投資条項は全体として国内制度の中で国内投資家が持っている権利を上回る権利を外国投資家に許すことになる。TPPは投資家と国家の間の紛争解決制度を持つべきではないし、合法的な公益保護規制に挑戦するような規則を含むべきではない。結論的に、海外投資家に国内投資家を上回る権利を与えてはならない。

3 サービス

 政府により提供されるサービスと競合する民間供給業者が存在しないという例外的な状況を除いて、全ての公共サービスは貿易協定の規制の対象となりえる。これにより政府によるサービスを保護する政策が民間供給業者を競争上不利な立場に置くことになると参加国が判断すれば、その国内政策に異議申し立てすることが許される。医療、教育、電気・ガス・水道などの基礎的なサービスを保障するために政府の関わりが必要な分野も例外ではない。民営化によりサービスの質が低下し、サービスの提供と情報公開が低下した場合でも、その民営化を直営に戻そうとする政府はサービス規則により罰則を受けることになる。
 TPPは教育、雇用、医療、郵政、清掃、福祉サービス、交通や電気・ガス・水道などの基礎的な公共サービスに対して明瞭で広範な例外を認めなければならない。公共サービスは民間供給業者と競合があろうとなかろうと例外扱いが認められるべきである。さらに、政府は承認、認可基準、消費者保護など公益保護法令を執行するために外国の供給業者を規制する権限を保持しなければならない。さらにこの交渉がポジティブ・リスト方式により行われることを強く要請する。
 さらに現行の貿易協定にはあいまいな部分があり、商業銀行と証券取引銀行との構造的な分離などの慎重な金融規制を行う政府の権限を制限する可能性があることを懸念している。政府により金融セクターを慎重に規制しようとする努力は金融サービス規則と違反しないことを参加国が完全に明瞭にすることを強く要請する。

4 環境

環境保護は貿易政策の重要な目的である。貿易規則は合意されている多国籍間の環境協定に完全に合致するべきであり、その違反に対する効果的な制裁が必要である。同時に、収用に関する投資規則などその他の規則が環境法令や規則を執行する努力を妨げるようなことのない協定でなければならない。

5 政府調達

 政府は地域経済発展や雇用創造などの重要な政策目的のために政府調達を政策的に運用することが多い。また環境上、社会上の目標を達成するために政府調達を使うこともある。このような目的を達成しようとする中央政府、地方政府、自治体などの行政当局の権限を制限することのない調達条項とするように政府は保障すべきである。

6 知的財産と医療

 貿易協定の中の知的財産権などの条項により市民に低廉な価格で医薬品を提供する政府の権限が弱められてきた。低廉な医薬品の提供を妨げるような条文をTPPに含めようとする政府のいかなる試みにも反対する。

7 消費者保護

 国内消費者の安全保護策と貿易政策は、汚染された欠陥製品が国内に入り、最終的には店舗に並ぶのを防止するよう調整されなければならない。このような製品は一般公衆に対する深刻な脅威となるからである。したがって、協定には食品と消費・工業製品の国境を越えた検査を強化する条文を含めるべきであり、例えばTPP参加国の安全検査官が他国の設備を検査する強い権限も与えられるべきである。TPPには食品や消費製品の生産国を明瞭に表示する生産国表示や遺伝子操作製品表示を必要とする旨の条文を含まれなければならない。

8 市場参入

 現行の貿易協定の多くでは関税引き下げは新たな参入をもたらさなかった。協定により期待される市場参入が実際に実現されるよう特別な注意と特別な力点が置かれるよう参加国に強く要請する。効果的な市場参入は関税措置と非関税措置の両方に掛かっているが、健康、安全、環境を保護するための非関税措置は公正に適用されるなら重要な意義を果たす、と認識している。さらに、全世界的な供給連鎖の複雑さを考慮するならば、調印国が新たな市場参入の第一の受益者となるような生産国原則が交渉されるべきである。

9 貿易救済

 TPPは貿易救済 (訳注3) と保護制度 (訳注4) をいかなる方法によっても弱体化させてはならない。

10 競争政策

 現行の環太平洋戦略的経済提携協定(P4)の競争条項が、特恵的あるいは独占的にサービスを提供し経済発展を支援する政府の権利を危うくする恐れがあることに強く懸念を抱いている。公共サービスに関する環太平洋戦略的経済提携協定(P4)の条項をTPPに生かそうとするいかなる動きにも反対し、公共サービスと経済発展を一層保護するよう強く要請する。

11 人の一時的移動

 人の一時的移動について取り決めるには、貿易協定は適当な手段だとは考えない。

12 受益者

 この協定に参加していない者はその利益を得るべきではないことを参加国は保障すべきである。
 この労働組合宣言に署名した労働組合は以上述べた事項に限定されない、広い問題関心を持っている。その他の事項についても意見を集団的に、個別的に表明する権限を留保する。交渉の過程でその都度協議を受けることを期待する。

署名
シャラン・バロー 委員長
オーストラリア労働組合評議会 ACTU

ヘレン・ケリー 委員長
ニュージーランド労働組合評議会 NZCTU

ジョン・デ・パイバ 委員長
シンガポール全国労働組合評議会 NTUC

リチャード・トラムカ 委員長
アメリカ労働総同盟・産業別労働組合会議 AFL−CIO


訳注
  1. 日本についてみると、ILOの中核的労働基準の8条約のうち、105号(強制労働の廃止に関する条約)および111号(雇用及び職業についての差別待遇に関する条約)の2条約が未批准のままである。これは日本を除くOECD加盟29ヵ国(平均批准数7.31)と比べると著しく低い数字である。
  2. exhaustion of remedies requirement 他の利用可能な国内の救済手段を利用し尽した後でなければ、 国際仲裁所による救済を求めることを許さないとすること。
  3. trade remedy 輸入に起因する損害から国内の競争関係にある産業を救済する一時的措置に関する法令群を指す。
  4. safeguard mechanisms WTO協定で認められている緊急輸入制限措置。「一般セーフガード」は、国内産業に重大な損害が生じる場合に限り認められ、農産物を含む商品全般を対象とする。