JAM2012年春季生活闘争方針に関するQ&A

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【1.賃上げについて】
Q1−1.賃金水準の長期低下の原因は
Q1−2.連合方針の「1%」の中身と背景は
Q1−3.連合方針の「1%」はベアとは異なるものなのか
Q1−4.「1%を目安とする配分の是正」は、何によってそれを目指すのか?
Q1−5.JAM方針に賃金の是正・改善に向けた1,500円の考え方は
Q1−6.下がった賃金水準の回復・是正と言えば、過去の交渉結果に対して再び要求することになるのではないか?
Q1−7.是正・改善分の配分については、どう考えるのか
Q1−8.要求する必要があって昨年要求出来なかった場合、今年は2年分を要求すべきか?
Q1−9.賃金水準が下がっている場合は、すぐに要求すべきか?
Q1−10.過去に高齢者賃金を大きく下げた場合、それはどう是正すべきか?
Q1−11.過去の賃金実態が分からない時や格差是正を目指すにはどうするのか
Q1−12.統一要求方式によらない賃上げ要求では、交渉の難航が予想されるが
Q1−13.賃金構造維持分の情報開示について、どう取り組むのか?
Q1−14.役割や職務を中心とする賃金制度における賃金構造維持分は?
Q1−15.賃金実態から賃金構造維持分を推計する方法は?
Q1−16.賃金構造維持分を賃金実態から推計出来ない場合の「平均賃上げ要求基準4,500円以上」の根拠は?
Q1−17.「連合が示す1歳・1年間差の社会的水準である5,000円」とJAMの実態値との関係は?
Q1−18.賃金制度の確立・または賃金カーブの整備に向けた取り組みとは?
Q1−19.昨年の賃金改善・是正の成果は?
Q1−20.労使協議の場(労使協議会)で議題とすべき事柄は

【2.企業内最低賃金協定について】
Q2−1.ここ数年最低賃金が注目されてきた背景は?
Q2−2.何故、企業内最賃協定を締結しなければならないか?
Q2−3.企業内最賃協定を締結していない場合の取り組み方針は?
Q2−4.企業内最賃協定における協定額に対する考え方は?

【3.一時金について】
Q3−1.一時金要求の考え方は?
Q3−2.一時金要求基準の考え方は?
Q3−3.一時金年間4ヶ月の根拠は?
Q3−4.一時金の業績リンクに対するJAMの考え方を教えて下さい

【4.高齢者の雇用・所得確保について】
Q4−1.なぜ高齢者の雇用確保が必要なのか?
Q4−2.高齢者雇用確保は若年雇用を抑制する?
Q4−3.28万円、22万円の根拠は
Q4−4.60歳前5年間の平均賃金の60%というのは低すぎるのでは?
Q4−5.なぜ、組合員化するのか
Q4−5.定年延長についてどう考えるか

【5.時間外割増率の引き上げについて】
Q5−1.割増率の引き上げは、時間外労働の短縮に通じないという反論に対しては?
Q5−2.「時間外労働時間」という場合に、休日労働時間はどのように取り扱われているか?
Q5−3.36協定が「月45時間」未満で締結されている場合、通常残業割増率を50%に切り替える時間外上限時間を、実際の36協定の時間枠に置き換えてもよいか?
Q5−4.均衡割増率とは、どういうものか?
Q5−5.日本の超過労働割増率は国際的に見て低いと言われるが、諸外国の割増率は?

【6.非正規労働者に対する処遇の改善について】
Q6−1.非正規労働者の処遇の改善にどのように取り組めばよいか?

【7.個別賃金の取り組みについて】
Q7−1.個別賃金に取り組む意義は?
Q7−2.要求で用いる賃金を所定内賃金としている理由は?
Q7−3.基本賃金をベースに個別賃金を要求し、交渉している場合に、所定内賃金への換算は?
Q7−4.学卒直入者が少なく35歳、30歳には学卒直入者がいない場合、連合やJCの個別賃金要求基準が高くて参考にならない場合、どう考えればよいか?
Q7−5.一人前労働者とはどういう労働者のことを言うのか?
Q7−6.今の実態が、JAM一人前ミニマム水準よりも低い場合の要求の組み立て方は?
Q7−7.現行の賃金が、一人前ミニマム基準より高く、標準労働者要求基準より低い場合は?
Q7−8.JAM一人前ミニマムでは、18歳〜50歳までラインがあるが、そのラインに沿って是正を行うべきなのか?
Q7−9.個別賃金の比較ポイントが、情報等では「30歳」と「35歳」の2ポイントに設定されているのは何故ですか

【8.賃金構造について】
Q8−1.「賃金構造維持分の確保」とはどういう意味か?
Q8−2.「賃金構造」とは、どういうことをいうのか?
Q8−3.そうした「賃金構造」は、その企業や労使関係にとって、どんな意味を持っているのか?
Q8−4.成果主義と「年功賃金の見直し」とは?
Q8−5.賃金構造維持とベースアップとの関係は?
Q8−6.「賃金構造維持は経営の責任」という意味は?
Q8−7.「一歳一年間差」とか「内転原資」とは何のことか?

【9.成果主義について】
Q9−1.この間の成果主義型賃金制度の特徴は?
Q9−2.成果主義とはどういうものか?
Q9−3.成果主義型賃金制度の導入が提案された場合は
Q9−4.賃金制度の改訂や改訂後の運用に対する労働組合としての留意点は
Q9−5.年俸制とはどういうものですか


【1.賃上げについて】

Q1−1.賃金水準の長期低下の原因は

 日本経済は、1991年のバブル崩壊以降、ゼロ成長に近い低成長、名目GDPが実質GDPを下回ることが多くなったデフレ基調を辿るようになりました。バブル崩壊までの春季生活闘争は、一定の経済成長を前提として、物価上昇分をベアによって取り返すという取り組みでしたが、低成長とデフレによって、春季生活闘争が、平均賃上げ方式によって果たしてきた、そうした機能が失われてきたのです。  そうした状況のなかで、賃金制度を持っているところでは、賃上げは賃金構造維持分に収斂していく傾向を強めていきますが、多くの中小企業では賃金水準の低下が引き起こされました。加えて、この間に非正規労働者が著しく増加し、マクロレベルでの分配の歪みを助長していき、労働者所得の低迷と内需の不振が増幅しあう、デフレ状況が続いています。

Q1−2.連合方針の「1%」の中身と背景は

 連合方針は、毎月勤労統計により、一般労働者(常用労働者からパートを除いた部分)の2009年の現金給与総額※が、ピーク時の1997年から5.1%も減少していることを指摘しています。その他に、賃金構造基本統計調査に基づく、同様の試算では、所定内賃金だけで7.0%も減少しているという結果も紹介されています。
※現金給与総額:月例賃金(所定内賃金+所定外賃金)に「特別に支払われた給与」(一時金)を加えたもの。

 連合方針では、こうした賃金の低下が、デフレの原因となってことを踏まえた上で、マクロ的な観点から「労働条件の復元・格差是正に向けた取り組みが必要」「すべての労働組合が1%を目安に賃金を含め適正な配分を求めていく。なお、産業・企業によってそれぞれおかれた環境には違いがあることについて相互に理解しあう」と述べています。  基本的考え方は、労働者所得全体の長期的な減少を取り戻していこう、ということですが、長期的な5%以上もの所得減少に対し、毎年徐々にこれを復元していくという場合に、「1%」という数字が、目安としては妥当であろうという判断に基づくものです。従って、具体的直接的な計算根拠があるわけではなく、意味を強めるための目安として設定されたものであり、その内容には幅があります。  


Q1−3.連合方針の「1%」はベアとは異なるものなのか

 現在はデフレ基調であり、物価上昇率に基づくベアを要求するということにはなりません。また、企業から家計への、マクロ的な配分是正という考え方は、2006〜2008年までの「賃金改善」と共通していますが、全単組による統一要求基準ではないという点で、この間の「賃金改善」とも異なっています。基本的な考え方としては「労働条件の復元・格差是正」であり、下がった部分、低い部分を引き上げるというところに重点があります。


Q1−4.「1%を目安とする配分の是正」は、何によってそれを目指すのか?

 「基本的スタンス」として
@賃金構造維持分の確保を基本とした賃金の是正・改善
A個別賃金要求と賃金制度確立に向けた取り組み
B企業内最賃協定の締結と引き上げ
C一時金水準の確保・向上
――があります。 賃金構造維持分が確保され、賃金水準の低下はないという単組でも、人材確保、初任給の引き上げ、賃金分布の偏り・歪み等に対しては、賃金改善・是正の要求を組み立てます。  また、人材確保の観点から格差是正に取り組むことも重要です。標準労働者要求基準、JAM一人前ミニマム基準を活用し、水準の引き上げや賃金カーブの整備に向けた取り組みを追求しましょう。 一時金の回復が進んでいない単組は、業績と過去の実績の十分な点検を行いながら回復を目指しましょう。 配分の是正に関わるもので、大きなものとしては次の課題もあります。 労働時間の短縮はベアと同じ効果を持ちます。 高齢者の雇用・所得確保に関する取り組みは、すぐにその原資を獲得するものではありませんが、将来の配分是正に含まれます。

Q1−5.JAM方針に賃金の是正・改善に向けた1,500円の考え方は

  ここ数年間に賃金水準が下がったところ、あるいは下がったと推定出来る単組において、その実態を確認しながら、1年で賃金構造維持分とは別に、1,500円の是正を求めるというものです。その低下分が4,500円ならば3年で是正、7,500円ならば5年で是正するという計算です。
 ちなみに、JAM組合員賃金全数調査によれば、2000年と2010年の2時点の賃金データが揃う300人未満の単組で、総原資に換算して※7,245円もの賃金低下が認められます。
 ※所定内賃金の年齢別平均を、2000年と2010年で比較する際に、全年齢加重平均の人員構成を2010年に統一して、両年の総原資を比較する方法による。

Q1−6.下がった賃金水準の回復・是正と言えば、過去の交渉結果に対して再び要求することになるのではないか?

 単年度の交渉結果が積み重なっていく中で、当初は視野になかった問題点が、後になって現れてくることの方がむしろ多いでしょう。特に賃金制度がない場合には、賃金構造維持分の確保と水準維持がなされているかどうかは、実態を点検しないと分かりません。過去に賃金構造維持分が確保できず、賃金水準が下がっていることが分かったという時に、その是正をはかっていくことは当然でしょう。

 この十年間を振り返ってみると、中小では、賃金構造維持分が確保されてこなかった結果、全体的に水準が下がり、中堅・大手では、賃金制度変更の結果、中高年層の水準が下がった、という事態が推測されます。そこでは40歳以降の賃金水準の低下が共通する特徴となっていますが、この年齢層はもともと水準にバラツキが大きく、直接の是正の対象になりにくいので、水準の是正・回復の重点を30歳・35歳に置いて、そこを引き上げることによって、全体の水準低下に歯止めをかけていく取り組みが重要です。


Q1−7.是正・改善分の配分については、どう考えるのか

 賃金低下が起こる前の賃金カーブに、そっくりそのまま戻す、あるいは全員一律に底上げする、という一律的な考え方を示すものではありませんが、将来の人材確保対策も視野に入れて、賃金構造(賃金カーブ)の中心となる30歳・35歳の水準の引き上げを重視した是正・改善が重要と思われます。若年層の是正は、2006〜2008年の賃金改善でもかなり進められたと思われますが、高齢者の昇給ピッチを寝かせて若年層の水準を上げるというやり方は、生涯賃金における世代間の不公正をなくしていくという考え方に立つものです。

Q1−8.要求する必要があって昨年要求出来なかった場合、今年は2年分を要求すべきか?

 そのように考える必要はありません。要求の組み立てに当たっては、当該単組・企業の事情を十分に考慮して下さい。とは言え、是正が必要な場合、出来るだけ早く着手することが重要です。あるいは、そうした是正課題は少しでも早く見つけ出し、労使で認識していくことが重要です。  何れにしても、是正すべき課題の放置は、労働者のモチベーションに決してよい影響を与えないことを踏まえ、経営に対する労働組合からの提言というスタンスから、出来る限り前向きな要求を組み立てていく必要があるでしょう。


Q1−9.賃金水準が下がっている場合は、すぐに要求すべきか?

 要求の組み立てに当たっては、当該単組・企業の事情を十分に考慮して下さい。場合によっては要求を賃金構造維持分に止めざるを得ない選択もあると思います。但し、いかなる場合も、賃金構造維持分は、把握できている限りは要求し労使で確認して下さい。
 しかし、何れにしても、把握できた賃金の実態、現状については、必ず労使で確認しましょう。今年の要求に反映できなくても、是正の必要性については、そのことを、労使で必ず共有しておくべきです。


Q1−10.過去に高齢者賃金を大きく下げた場合、それはどう是正すべきか?

 この十年間に最も賃金水準が下がった年齢層は高年齢者層で、賃金の年功カーブはどこでも緩やかに寝かせられてきた経緯があります。十年前の高齢者の賃金水準に若年層や中堅層が追い付けない状態はかなり多くの単組に見受けられ、ある年齢層から上は定年まで現状を維持するかわりに、その後の年齢層の人が高齢層になった時、その賃金水準が昔より下がるという選択を迫られた単組は少なくありません。あるいは年齢に関係のない格付けの導入により年功制そのものが見直された場合もあります。

 あまりに大きく下げてしまったり、中途採用時の格差が大きく残っているような場合は、その是正は検討すべき課題でしょう。

 但し、かつて賃金水準が高かった高齢層は、若い時に今よりもずっと低い水準にあり、今の若年・中堅層を引き上げて行くと同時に、高齢者の賃金を下げないまでもカーブを寝かせていくことは、生涯賃金の均衡をはかるという意味で、一概に否定できない要素を持っています。 そうした諸点をふまえ、是正の考え方をはっきりさせて要求を組み立てていく必要があります。


Q1−11.過去の賃金実態が分からない時や格差是正を目指すにはどうするのか

 JAM一人前ミニマム基準、標準労働者要求基準に示された個別賃金要求基準を活用した個別賃金の取り組みを進めます(【7.個別賃金の取り組みについて】参照)。


Q1−12.統一要求方式によらない賃上げ要求では、交渉の難航が予想されるが

 日本経済全体で、企業業績の持続的な伸びが期待できる、あるいは、消費者物価が上昇に見合った賃上げを要求する、という時に統一要求方式は労働運動全体で取り組むべき課題となります。しかし、現在はその何れの情勢にも当てはまらないと判断されます。

 その場合、要求根拠として、最も強い説得力を持つのは、個別企業内における賃金の問題点に対する是正です。大手の賃上げがゼロだから要求にはとても応じられない、という使用者の反論に対しては、大手はいくらの水準である、ウチはいくらの水準である、しかも、ウチの水準は過去よりも下がっている、これを是正することは、当然とは言わないまでも、経営者にとっても企業にとっても重要ではないか、という交渉を展開するためには、賃金の実態データに基づく個別賃金の取り組みが力を発揮します。

Q1−13.賃金構造維持分の情報開示について、どう取り組むのか?

 賃金構造維持分とは、賃金カーブの構造(形)を維持するために必要な原資のことで、賃金制度がある場合には、その内容に沿った、その年の、一人当たり昇給原資を指します。

  2010年春季生活闘争においては、賃金制度がなく、賃金構造維持分確保の交渉が困難な中小に、賃金構造維持分(昇格原資を含むものが望ましい)又は個別賃金の水準を情報開示することが、JAMの共闘運動として重要な課題です。

 賃金構造維持分とは、労働契約に約束されたことであり、交渉事項ではないとする単組もありますが、その場合でも、要求・回答の形式で集約を行ない、JAMとしての集計に入れ、「相場」形成に加えていきます。


Q1−14.役割や職務を中心とする賃金制度における賃金構造維持分は?

 役割や職務を重視する賃金制度で、いわゆる定期昇給がない、あるいは同一等級内での昇給は低く、昇給は主に昇格による、という場合に、賃金分布が、水平若しくは傾斜の緩い何本ものカーブになり、賃金構造維持分をカーブの傾斜(ピッチ)と考えると、その平均が1,000円前後の低額になってしまう場合があります。しかし、高卒・大卒の初任者賃金から出発して、30歳や35歳で子供を育てながら家庭を営むことを考えれば(共働きとしても)、10年で1万円程度しか昇給しないシステムというのは考えられません。昇給の軌跡は、個別賃金の実態として存在するので、標準的な労働者が辿っていく一般的なカーブを把握し、そこから賃金構造維持分を推計する、あるいは、30歳か35歳の個別賃金絶対額水準の開示を行うようにして下さい。



Q1−15.賃金実態から賃金構造維持分を推計する方法は?

 賃金制度やテーブルがなく、組合員数も少なく、初めて取り組む場合は、個別賃金要求が分かりやすいと思われます。ほとんどの組合員が、JAM一人前ミニマム基準や年齢別最低賃金協定基準を下?回っている場合には、簡単な例として、次のように組み立てます。
 基幹的な仕事をしている労働者のラインを決め、その一歳一年間差を賃金構造維持分とし、その他の労働者についても同額で要求します。基幹労働者のラインが、18歳〜30歳ぐらいの部分、それ以降の部分で、同一の傾斜である必要はなく、中高年齢者でJAM一人前ミニマム基準を上回っているような場合は、全体とのバランスを考慮して昇給カーブを緩やかにしていくことを考慮しますが、最低でも水準の低下は起こらないように組み立てます。


Q1−16.賃金構造維持分を賃金実態から推計出来ない場合の「平均賃上げ要求基準4,500円以上」の根拠は?

 2011年春季生活闘争における6月時点の集計では、要求単組の賃金構造維持分の平均は670単組4,575円、回答では633単組4,554円となっています。また、2010年賃金全数調査での300人未満計の賃金構造維持分は4,363円、2011年で4,397円、そうした実態値から4,500円を設定しています。

Q1−17.「連合が示す1歳・1年間差の社会的水準である5,000円」とJAMの実態値との関係は?

 連合が提示している「5,000円」は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の産業計・規模計に基づく推計値ですが、JAMの賃金全数調査の全体計の数値は前頁表の通りであり、全体計では概ね5,500円を上回っています。JAMの平均賃上げ要求基準4,500円の設定根拠は前項に述べた通りですが、連合でも中小共闘の設定は4,500円であること、また、賃金実態が把握出来ない単組の多くが中小であることも踏まえて、実態値を重視した設定としました。

Q1−18.賃金制度の確立・または賃金カーブの整備に向けた取り組みとは?

 ここで言う「賃金制度の確立」とは、外部の業者に委託して賃金テーブルや昇給表や評価基準を制度として定めることではありません。商品としての「賃金制度」は、職場の実態や経過や実状を踏まえない「借り物」でしかなく、適切な運用が出来ず、無用の混乱を招くことが多々あります。もし、そうした制度導入(購入)の動きがあれば、逆に、組合としては慎重な対応が求められます。

 ここで言う「賃金制度の確立」とは、労使で賃金実態の把握・現状確認を行い、課題や問題点を洗い出し、然るべき是正に向けて取り組むことを意味しています。これは言い換えれば、テーブル等の有無に関わらず、賃金構造維持分がきちんと労使確認出来る賃金管理を行うということです。  賃金実態を把握し、それを踏まえて、18歳初任者賃金を出発点に、一定の勤続年数を重ねた一定の年齢ポイントにおいて、目指すべき賃金水準を検討していく方法としては、別掲の「7.個別賃金の取り組みについて」を参照して下さい。

 例:高卒直入者がほとんどいなくて、賃金制度がなく、毎年平均賃上げを積み上げてきたところでも、それなりの年功カーブが出来ています。この場合、基幹的な労働者の昇給カーブは、概ね各年齢の最高値をつなぐ線で見当をつけることが出来ます。このカーブとJAM一人前ミニマムの線を比較してみて、30歳又は35歳を基準に、是正目標と達成期間を定めます。賃金構造維持分は、上記の現行一人前労働者のカーブから算出し、さしあたり、それを全員の定昇相当分として要求・確保するようにします。

 賃金分布には、現行一人前労働者よりも低い労働者が大勢います。それを是正するには、その人とその人以外との差が何に基づくかを検討する必要があります。その差が公正かどうかは、各人の仕事を尺度とする必要があります。同じ仕事をしていて勤続年数が異なるために差が付いているとすれば、それは是正の対象と考えるべきです(中途採用者の是正)。3年間など複数年の期間を目標として進めます。


Q1−19.昨年の賃金改善・是正の成果は?

 2011年の取り組みでは、187単組で平均1066円の賃金改善を獲得しました。賃金全数調査で2010年と2011年とデータの揃う633単組で、平均所定内賃金を比較すると、全体では年齢平均で676円の増加、そのうち賃金改善を獲得した133単組で見ると、2113円の増加を確認できます(増加額は今年の人員に合わせて年齢別平均賃金を加重平均し、その差をとったもの。60歳賃金は除く)。そこでは、20歳後半から30歳後半にかけてのカーブ是正が特徴的です。




Q1−20.労使協議の場(労使協議会)で議題とすべき事柄は

 ――何でも話し合うことができますが、組合員の労働条件に関することは、基本的には団体交渉で取り扱うことが原則であることを踏まえると、経営協議会では、経営に関わる事項が主たる議題になります。一般的に必要と思われる事項は、およそ以下の通りです。
(1)説明または諮問事項
@経営の基本計画に関する事項
A年次計画に関する事項
B生産・販売計画ならびに生産・販売状況に関する事項
C経理ならびに財務状況に関する事項 (2)協議事項 @重要な財産取得ならびに処分に関する事項
A設備投資計画ならびに新技術の導入などに関する事項
B職制機構の制定、改廃に関する事項
(3)協議決定事項
@会社の分割、合併、営業譲渡、事業所閉鎖・縮小・新設、海外における事業に関する事項
A人員計画に関する事項
B採用計画に関する事項
C異動、職種転換に関する事項
D教育に関する事項
E従業員の安全衛生、作業環境に関する事項
F従業員の福利厚生に関する事項
G公害防止など企業の社会的責任に関する事項
 また、生産・販売計画、生産・販売状況などは、36協定の遵守や年休取得とも関わってきますので、時間外労働や年休取得状況の実態についても、報告を受け、問題点があれば、解決に向けた協議を行うべきでしょう。また、非正規労働者、使用者が異なる派遣労働者、請負労働者に関わる事項も、協議事項とすべきでしょう。


【2.企業内最低賃金協定について】

Q2−1.何故、企業内最賃協定を締結しなければならないか?

 自民党政権下の2007年、最低賃金法が改正され、地域別最低賃金については、生活保護基準との整合性に配慮して決定する旨が法として定められました。次いで 、政権交代後の2010年6月には、政府の審議会である雇用戦略対話において、条件付きながら、2020年までに全国最低800円、全国平均1000円の最低賃金を目指すことが、政労使合意として確認されました。

 このように自民党政権時代から最低賃金の引き上げが、政治的な課題に押し上げられてきたのは、非正規雇用の増大がかつてなく貧困層を増加させている、という事実が社会的な問題として懸念されるようになってきたからです。

 連合は雇用戦略対話の合意を重視し、地域別最低賃金の積極的な引き上げに取り組み、成果をあげています。この流れは今後も途絶えさせてはならないものです。

 


Q2−2.何故、企業内最賃協定を締結しなければならないか?

 企業内最賃協定は、@当該企業における組合員や従業員の賃金を下支えすると共に、 A最低賃金法に基づく産業別最低賃金の審議に影響を及ぼすことが出来る社会的な機能を有しています。
 非正規労働者の処遇改善のために、労働協約の効果を社会的に広げることを制度趣旨する産別最賃の引き上げに向けに向け、あらゆる単組で、企業内最低賃金協定の締結と水準の引き上げが求められています。


Q2−3.企業内最賃協定を締結していない場合の取り組み方針は?

 企業内最賃協定を締結していない場合は、まず、協定の締結を目指すこととします。
 最も協定化しやすく、協定額の水準も高いのは組合員18歳最賃協定なので、最賃協定を締結していない単組では、まず、18歳以上の組合員を対象とする最賃協定の締結を目指しましょう。
 また、企業内最賃協定には、協定の内容によって、
@18歳以上最賃協定(基幹労働者=組合員を対象とした最賃協定)
A全従業員を対象とする最賃協定
B年齢別最賃協定(基幹労働者=組合員対象)
――があります。
  1. 年齢別最賃協定は、正規労働者を対象とする賃金カーブとリンクした最賃協定であり、労働者の年齢(経験年数=スキル)に応じた最低規制という性質を持ちます。年齢別最賃協定は、中途採用者の初任者賃金の最低基準としても機能し、その18歳部分は18歳以上最賃協定と一致する関係にあります。
  2. 全従業員対象の最賃協定は、パートや契約社員等、当該企業の全直雇用者を対象とする協定です。賃金は仕事に応じて決まるものとすれば、その最低額は、学校を卒業して会社に入ったばかりの労働者の賃金(スキルゼロに該当する賃金)=初任給(初任者賃金)に一致すると考えることが出来ます。そこでは、役割、仕事、雇用形態による差がない出発点の状態を前提として、その賃金に差はないとする考え方(均等待遇)を採ることが出来ます。従って、全従業員対象の最賃協定も18歳最賃協定も一致する、というのが、最低賃金本来の原則です。
  3. しかしながら、全従業員対象最賃協定は、組合員以外の労働者をも対象とする最低規制であり、18歳以上協定よりも締結そのものが難しく、かつ、協定金額も低いのが一般的な傾向となっています。ここでは、企業内最低賃金協定の締結を目指すに当って、「何れか」の協定をまず締結することを、重視しています。
  4. 年齢によって賃金を規定出来ない制度の場合も、高卒初任者賃金に該当する賃金テーブルは存在しているはずなので、それを改めて企業内最賃協定として締結することを目指して下さい。

Q2−4.企業内最賃協定における協定額に対する考え方は?

 基本的な考え方は、以下の通りです。
  1. 高卒初任者賃金(月例賃金水準)を所定労働時間で割戻した時間額を最低賃金協定額として要求することを基本とします。
  2. 高卒初任者よりも低い賃金が存在する場合(中卒基準、高卒中退者等)は、高卒初任者賃金に対応した最低賃金を基準にした減額等に関するルールを定めて対応することとします。
  3. 高卒初任者が実在しない場合は、JAM一人前ミニマム基準や、全数調査における当該地方の18歳労働者の最低賃金等を参照して、所定労働時間で割戻した時間額を目指しましょう。
  4. JAM一人前ミニマム基準18歳を法定労働時間で割戻し、地域別最低賃金の地域差に基づく設定基準は、従前通りとしますが、生活保護基準への是正途上にある地域別最低賃金では、大都市における大幅な引き上げが続き、地域間格差の拡大が新たな問題ともなっていますので、当該企業の実態に基づく設定を優先するようにして下さい。



【3.一時金について】

Q3−1.一時金要求の考え方は?

 2008年春季生活闘争までは、多くの企業で業績の回復が続き、それらを背景として月例賃金を中心とする賃金改善に取り組んできました。企業業績が低下していない以上は、使用者としても一時金を減額する根拠に乏しく、月例賃金の引き上げがそのまま年収の増加につながりました。

 しかし、2009年からの企業業績の大幅で急激な低下と雇用情勢の悪化は、一時金を低下させる大きな圧力となり、一時金の低下による年収低下が、家計に大きな悪影響を与えています。従って、一時金要求については、生活防衛の観点から、企業業績の動向を踏まえながら、従前の基準を目安とした水準の維持・向上を目指します。

Q3−2.一時金要求基準の考え方は?


 一時金には、企業業績に応じて、という性質もありますが、その一定部分は明らかに固定的な賃金となってきた実態があります。特に人事院勧告の基礎データとなっている民間給与実態調査によっても1970〜1998年まで約30年間の実績として年間4.8ヶ月を下回ることがなく、年間5ヶ月基準というのはそうした実績を守るという考え方に基づいています。

 しかし、1998年以降の一時金支給月数の低下は著しく、JAMでは家計における一時金からの固定的支出部分を考慮し、最低でも年間4ヶ月を確保すべきという一時金ミニマム(要求とはリンクしない)を設定し、さらに全体がまずその基準に到達することを重視して、2004年以降は「最低到達目標」として年間4ヶ月も要求基準として取り組むこととしています(下グラフ参照)。

Q3−3.一時金年間4ヶ月の根拠は?

 家計における一時金からの固定的支出部分として、生活実態アンケートや家計簿調査等により広く定着してきた数値として「年間4ヶ月」があります。

 JAMでは組合員の生活実態に関するアンケート調査や家計調査を実施していないので、直接にそれを根拠付ける資料がありません。しかし、連合が最低賃金の取り組みのために、生計費の最低基準として試算している「連合・最低生計費の試算(埼玉県さいたま市版)」(2008年改訂)、同じく最低生計費として連合大阪が試算した「連合大阪リビングウェイジ(寝屋川市)」の年間最低収入に対し、JAMの年齢別最低賃金30歳の月例賃金水準(JAM一人前ミニマム80%水準を消費者物価指数地域差指数(県庁所在地)で地域別換算したもの)で月数を割り出すと(下表)、ほぼ16ヶ月となり、一時金の固定的支出部分として年間4ヶ月を推計することができます。

Q3−4.一時金の業績リンクに対するJAMの考え方を教えて下さい

 業績リンクといっても二通りの考え方があります。一つは、過去の一時金決定においても業績を無視していたわけではないことから、過去の業績と一時金支給月数との相関関係を明らかにして、今後の業績と一時金との関係式を作り上げる方法。
 もう一つは、利益を株主、明日への投資、従業員への配分へ三分割して一時金を決定する方法。導入の必要がある場合には、考え方として第一の方法を追求します。

【4.高齢者の雇用・所得確保について】

Q4−1.なぜ高齢者の雇用確保が必要なのか?

 少子高齢化が急速に進む日本で、「人口減少社会の到来」が告げられたのは2008年とされています。人口減少社会とは毎年人口が減少し続けるようになった事態を言います。

 日本が人口減少社会になったことで、公的年金制度の持続性が大きな問題になっています。というのは、現役世代による引退世代への仕送りを、社会的な制度としたものが公的年金制度だからです。

 この事態に対処するための基本的な方策は、少子化に歯止めをかけること、働いて所得を得る若年者と女性と高齢者を増やすことです。2013年問題では、まず、高齢者雇用の拡大と質の向上(仕事と賃金の改善)を検討していかなければなりませんが、この取り組みを出発点として、若年者、女性も視野に入れた雇用環境整備も並行して目指していくのが、この課題の全体像です。

Q4−2.高齢者雇用確保は若年雇用を抑制する?

 基本的かつ長期的には、若年者、女性、高齢者の雇用の拡大が求められています。これは言い換えると、世代や性別を超えてワークシェアリングを進めていくということです。しかし、それはすぐに容易に出来ることではなく、長期的な覚悟を決め、その都度不都合を直しながら経験を重ねていく、という過程が必要です。

 何れにしても、高齢者と若年者は、労働力としての、それぞれの役割が異なるわけですから、それを二者択一的に扱うことには無理があり、どのように両立をはかって行くかが、そもそもの課題であると認識しなければなりません。そのように問題の中身をはっきりさせて、十分な労使協議を進めていく必要があります。


Q4−3.28万円、22万円の根拠は

 家計調査はサンプルに比較的所得の高い世帯が集まると言われていますが、高齢者賃金の現在の社会的相場であることを重視して、世帯主の勤め先収入の平均である年収ベースの月額28万円という基準を設定しました。

 次いで、家計調査では、上記の28万円は、60歳前5年間の平均賃金の60%に該当することから、JAM賃金全数調査のデータにそれを置き換えて、60歳以降の月例賃金として22万円を算出しています。月例賃金22万円、年間一時金3.27カ月とした場合に、年収で月当たり28万円になる勘定です。

 しかし、何れにしても、この基準では高すぎる、あるいは低すぎるという場合が出てくるので、目安の算出方法として用いた55〜59歳までの平均賃金の60%という目安基準も合わせて設定しています。

 これらはしかし「当面の目安」です。誰でも希望者全員が65歳まで働き続けることが出来る社会を実現していくためには、それぞれの仕事に相応しい賃金、各自の能力に相応しい仕事の創出が必要であり、2013年問題は、そうした中長期な取り組みの出発点であると言う認識を強める必要があります。

Q4−4.60歳前5年間の平均賃金の60%というのは低すぎるのでは?

 55〜59歳の平均賃金の60%水準が、高卒初任者賃金を下回ってしまうような場合は、22万円を目標とする水準設定を目指して下さい。

 人事院は、国家公務員継続雇用者の賃金決定の考え方において、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の「製造業(管理・事務・技術職)」に拠る月例賃金に、在職老齢年金と高年齢雇用継続給付金を加えた年収で見て、60歳台前半層は50歳台後半層の70%になるとしています(人事院「定年を段階的に65歳に引き上げるための国家公務員法等の改正についての意見の申出」2011年9月30日)。公的な機関による70%という考え方があることは、大いに参考にして下さい。

Q4−5.なぜ、組合員化するのか

 高齢者の雇用環境整備は、今後長い期間を掛けて取り組んでいく必要があります。賃金の高低は、仕事の量と質が、その公正な尺度となります。しかしそれは労使交渉によって決まっていくものです。

 そうである以上、当事者である高齢者の組合員化は、この取り組みの基本として目指していかなければならない課題です。

 組合員の労働条件に関することは労組法上の「義務的団交事項」であり、組合員であることによりその労働条件が法で保障された団交事項となることを、ここでは重視します。

Q4−6.定年延長についてどう考えるか

 希望者全員が65歳まで働ける社会を作るのが、この課題の目的です。ただ、希望すれば、60歳で従来通りの定年を迎えることが出来る、という選択肢は、定年延長であれ、雇用継続制度であれ、当面は残す必要があると判断されます。しかし、最終的には、定年制であっても雇用継続制度であっても、中身に大きな違いはないものになる、というのが、目標とするイメージです。

【5.時間外割増率の引き上げについて】

Q5−1.割増率の引き上げは、時間外労働の短縮に通じないという反論に対しては?

 2010年4月1日の施行に向けた、厚生労働省の通達「労働基準法の一部を改正する法律の施行について」(2009年5月29日付基発0529001号)には、
「時間外労働は本来臨時的なものとして必要最小限にとどめられるべきものであり、特別条項付き協定による限度時間を超える時間外労働は、その中でも特に例外的なものとして、労使の取組によって抑制されるべきものである。このため、労使の努力によって限度時間を超える時間外労働に係る割増賃金率を引き上げること等により、限度時間を超える時間外労働を抑制することとしたものである」
との記載があります。
 割増率の引き上げは、時間外労働の削減に直接結びついていないにしても、法改正の目的として、時間外労働時間の抑制が明記されていること、割増率の引き上げと共に、時間外労働削減に向けた労使の取り組みが期されていることを重視すべきです。

Q5−2.「時間外労働時間」という場合に、休日労働時間はどのように取り扱われているか?

 36協定の労基署への届出に掛る時間外労働の上限基準は、厚生労働大臣によって告示されており、例えば、一ヶ月45時間を超える協定内容については、それ以下となるよう、指導の対象になりますが、そこには、法定休日における労働時間は含まれません。

 他方、労働安全衛生法に基づく医師の面接指導に掛る「時間外労働時間」は、「週40時間を超える労働時間」(厚生労働省「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」2001年12月)とされており、法定休日労働時間も含んだものとなっています。

 JAMの「労働時間に関する指針」では「月45時間を超える所定外労働時間に対する通常残業割増率を50%」としていますが、その場合の「45時間」には、休日労働時間を含むとしています。
 法により異なる「時間外労働」の定義
 36協定届出の内容 : 一日8時間または週40時間を超える法定休日労働を含まない時間外労働時間
 労働安全衛生法 : 週40時間を超える所定外労働時間(法定休日労働時間を含む)


Q5−3.36協定が「月45時間」未満で締結されている場合、通常残業割増率を50%に切り替える時間外上限時間を、実際の36協定の時間枠に置き換えてもよいか?

 36協定の上限時間に休日労働時間が含まれている場合は、要求基準を上回る内容となりますが、より良い労働条件の確保を目指す趣旨に照らして、全く問題ありません。しかし、休日労働時間を含まない協定の場合には、休日労働時間を含む所定外労働時間が「月45時間」を超えた場合の規制を追加するか、改めて休日労働時間を含む上限規制を協定化する必要があります。

Q5−4.均衡割増率とは、どういうものか?

 所定外労働時間に対しては時間外割増賃金や休日労働割増賃金を支払う必要がありますが、その費用が雇用の増加に掛る費用と等しくなる割増率を均衡割増率といいます。


 仕事量の増加への対応として、割増率が均衡割増率を下回っているならば、所定外労働による方が、逆に上回っているならば、雇用を増やす方が、労働費用が安くなるという関係が成り立ちます。
 こうした雇用と所定外労働の関係を踏まえた時、所定外割増率が均衡割増率を上回る時、その割増率はようやく所定外労働時間の規制要素として実効性を持つということが言えます。このことから、「長時間労働の削減」は同時に雇用の増加を促す要素でもあるという点が重要です。

 均衡割増率は、所定内労働時間に掛る労働費用と、所定外労働時間における労働費用の均衡点として求められ、その関係は次のように表わすことが出来ます。
A.通常の労働時間における労務コスト(時間当たり)
(月例賃金+月例賃金以外の労働費用)/所定労働時間 =月例賃金×(1+X)/所定労働時間
※ X=月例賃金以外の労働費用/月例賃金
B.所定外労働時間における労務コスト(時間当たり)
月例賃金×(1+所定外割増率)/所定労働時間
 厚生労働省の試算によれば、2002年の均衡割増率は 52.2% となっています。それとは別の資料(下記の通り)に基づく試算では、2005年の均衡割増率は 56.5% と試算できます。
 何れにしても、現行の時間外割増率25%、休日割増率35%は、均衡割増率に遠く及ばず、日本の低い割増率は、長時間労働の温床になっていると言えます。
  均衡割増率の試算例
均衡割増率(%)=(一時金月割額+賃金以外の労働費用)/月例賃金×100
(1)賃金以外の労働費用
  1. 現金給与以外の労働費用の現金給与額に対する割合=23.4%(2005年の状態) (2006年「就労条件総合調査」・調査産業計)
  2. 一時金月割額=年間賞与額等905,200円/12ヶ月
  3. 現金給与総額=決まって支給する現金給与額+年間賞与額等/12ヶ月 =330,800円+905,200円/12ヶ月 (2005年「賃金構造基本統計調査」・産業計・企業規模計・男女計)
  4. 賃金以外の労働費用=(330,800円+905,200円/12ヶ月)×23.4/100
(2)月例賃金→所定内給与額=302,000円      (2005年「賃金構造基本統計調査」・同上)
(3)均衡割増率:56.5% (905,200円/12+(330,800円+905,200円/12)×23.4/100)/302,000円×100=56.5%

Q5−5.日本の超過労働割増率は国際的に見て低いと言われるが、諸外国の割増率は?

 主な諸外国の割増率は右表及び右下表の通りです(連合資料)。先進諸外国ばかりでなく、アジア諸国でも、超過労働割増率は50〜100%である場合が多く、日本の低い割増率は、残業依存体質の温床になっていると言えます。





【6.非正規労働者に対する処遇の改善について】

Q6−1.非正規労働者の処遇の改善にどのように取り組めばよいか?

 方針では、「直雇用の非正規労働者に対する、賃金、安全衛生、育児・介護等の処遇・雇用環境等に関する何らかの改善」をはかるとしていますが、同じ職場で働く労働者であるという観点から、当該の労働組合は、非正規労働者の労働条件に関する実態把握をきちんと行うということが、すべての基本です。

 組合員でない場合でも、非正規労働者の処遇は、逆に、当該の労働組合が取り上げなければ、問題にされる機会がほとんどないという現実を踏まえ、積極的、意識的な取り組みをはかりたいところです。
 処遇の改善については、企業内最賃協定による改善を含む、時間額の引き上げが課題となりますが、「底上げ」という観点から、一般労働者よりも高率の引き上げになることを考慮する必要があります。


【7.個別賃金の取り組みについて】

Q7−1.個別賃金に取り組む意義は?

 経済成長が長期的に続いた時代には、平均賃上げ方式による賃金の積み上げによって、賃金水準の向上が実現されてきました。しかし、90年代に入り、いわゆるゼロ成長時代を迎えると、総額人件費抑制と雇用形態の多様化が謳われ、全体的な賃金上昇の停滞、中小企業における賃金水準の低下、非正規労働者の増大によって、労働者全体に対するマクロ的な配分低下が、内需停滞の新たな要因として問題になっています。

 JAMは結成以来、賃金全数調査を基に、個別賃金の絶対額水準による各種の賃金比較が可能な態勢を整え、様々な格差を実態に基づいて是正していく取り組みを進めてきました。個別賃金絶対額を問題にしなければ、どんな格差も是正することは出来ません。賃金改善も賃金制度がない場合の賃金構造維持分の確保も、個別賃金データの把握と分析がすべての基礎であり、標準労働者要求基準やJAM一人前ミニマム基準の活用も含め、個別賃金論に基づく賃金水準絶対額の引き上げが重要となっています。

Q7−2.要求で用いる賃金を所定内賃金としている理由は?

 私たちは賃金の総支給額から税金、社会保険などを差し引いた手取り収入(生計費)で生活します。しかし、賃金項目は各社バラバラですから会社を越えた比較を行うのは、支給総額から時間外労働手当、深夜勤務手当等を差し引いた常昼勤務の所定労働時間に対応する所定内賃金から通勤交通費を差し引いた金額をJAMの所定内賃金と定義し、単組間の比較を行うことにしています。

 JAMで定義する所定内賃金=支給総額 − 所定外賃金 − 深夜交替勤務手当 − 通勤手当

Q7−3.基本賃金をベースに個別賃金を要求し、交渉している場合に、所定内賃金への換算は?

 JAMの定義する所定内賃金に合わせて、基本賃金に付加すべき家族手当などのモデルを設定し、基本賃金に加えます。


Q7−4. 学卒直入者が少なく35歳、30歳には学卒直入者がいない場合、連合やJCの個別賃金要求基準が高くて参考にならない場合、どう考えればよいか?

 中途採用者が多く標準労働者がいない、あるいは種々の調査に基づく標準労働者要求水準が高すぎるために、どう要求してよいか分からない等の問題を抱えている単組に対して、JAM一人前ミニマム要求基準を設定しています。

JAM一人前ミニマム要求基準の水準設定は、JAMの賃金全数調査の全数集計の第1四分位数(賃金データを低い方から並べ、データ数全体の下位4分の1に該当する水準)を目安としながら、特に30歳までの賃金実態では企業間格差が比較的小さいことから、「若年層賃金の早期立ち上げにより格差を是正する」という考え方に立って、30歳の水準については、実態値よりも高く設定しています。

Q7−5.一人前労働者とはどういう労働者のことを言うのか?

 職場の中を見渡せば各人の仕事の違いが目に付くはずです。そうした様々な仕事の中で、一人前労働者について、次のように定義します。
 組立、部品加工、営業、開発など職種を問わず、一定のまとまった範囲の仕事について、緊急時対応や不具合チェックなど定型的仕事を除いた部分についても自分で判断し責任をもって行っている労働者
 一人前労働者に到達する勤続年数は、職場や仕事によって異なります。早い場合には3年、さらに5年・7年・10年という場合もあるでしょう。そうした「一人前到達年数」は、職場ごと、仕事ごとに「もうおまえも一人前だな」という言葉が使われる時期に照合すると考えてよいでしょう。ただし、比較的短い勤続年数で「一人前」となる職場や仕事では、一人前到達年数がそれよりも長い場合と比べて、一人前労働者の賃金水準も低くなる、という関係も踏まえなくてはなりません。

 JAMの場合、業種、職種が多様であり、「標準労働者」や「基幹労働者」について、一律的・形式的な規定が通用しません。しかし、「一人前労働者」という概念そのものは、すべての企業と職場に共通するものです。そのイメージは、個々の労使で、個々の実情に応じて確認出来るものであり、個々の賃金体系の中心点として確立していかなければならないものです。

Q7−6.今の実態が、JAM一人前ミニマム水準よりも低い場合の要求の組み立て方は?

 一人前ミニマム30歳水準24万円に対し、A組合の30歳一人前の水準が22万円である場合、次のように要求を組み立てます。

1.30歳の要求ポイントを次の通り設定する。
(1)ミニマム基準から下方へ2%刻みの水準を目安として、現行水準の上位に接近した水準を要求水準とする。
(2)A組合の場合:22万円÷24万円=91.6% → 92%水準が目安となる。
@24万円×92%=220,800円 要求ベア額:800円
A24万円×93%=223,200円 要求ベア額:3,200円
B24万円×94%=225,600円 要求ベア額:5,600円
2.現行カーブの水準は下げないことを原則とする。現行賃金カーブを維持するための賃金構造維持分を確保する。

(1)賃金制度が整備されている単組は定期昇給分を含む賃金構造維持分
(2)賃金制度は整備されていないが賃金プロット図等によって賃金構造維持分が明らかに出来る単組は賃金構造維持分(「8.賃金構造維持分について」参照)
3.30歳の要求水準を223,200円とすれば、その場合の賃金カーブ全体にわたる配分も決定する。
4.上記の是正が達成されたら、同様にして、さらに上位水準への到達を目指す。

Q7−7.現行の賃金が、一人前ミニマム基準より高く、標準労働者要求基準より低い場合は?

 一人前ミニマム基準を標準労働者要求基準に置き換えて、同様に取り組んで下さい。


Q7−8.JAM一人前ミニマムでは、18歳〜50歳までラインがあるが、そのラインに沿って是正を行うべきなのか?

 JAM一人前ミニマムの賃金カーブは、現行の賃金水準を維持しながら、30歳、35歳のミニマム水準を確保すれば、結果としてそういうカーブが形成されるという考え方に立って設定されています。従って、そのライン自体を是正目標とするのではなく、個々の現行賃金カーブを出発点として、その賃金構造を維持しながら、30歳あるいは35歳における目標水準への到達を目指します。

Q7−9.個別賃金の比較ポイントが、情報等では「30歳」と「35歳」の2ポイントに設定されているのは何故ですか

 「一人前労働者」の比較ポイントとして、「30歳」と「35歳」の2ポイントが最も妥当なものと想定されるからです。
 「30歳」は「一人前」への到達時点、「35歳」は完全に達している状態、あるいは「管理・監督職の直前にいる職場のリーダー格」という性質を想定することが出来ます。

【8.賃金構造について】

Q8−1.「賃金構造維持分の確保」とはどういう意味か?

 賃金制度を持っていない多くの企業では、これまでも、あるいは現在も、平均賃上げ方式による交渉を行っています。

 そこでは、原資の決定に軸足が置かれ、配分は経営に任せっきりで、一人ひとりの賃金水準について点検されていないことも少なくありません。それでも一定の賃上げが確保できれば、先輩の賃金水準に追いつくことが出来、結果として一定の賃金構造(賃金カーブ)が形成されてきました。

 しかし、この間、特に2000年代前半期における賃上げ凍結や賃金構造維持分に満たない低額回答によって、先輩の賃金水準に追いつくことが出来ず、それまでの賃金構造が維持出来ない事態も数多く発生しています。

 賃金構造維持分とは、そのように、それまでの賃金実態カーブに則り「先輩の賃金水準に追いつく」ために必要な原資を意味します。賃金構造維持分が確保されない場合には、たとえ自分の賃金は上昇していても、「先輩の賃金水準に追いついていない状態」となる結果、賃金水準の低下が引き起こされてしまったことになります。

Q8−2.「賃金構造」とは、どういうことをいうのか?

 各職場で、労働者各個人の賃金を、年齢や勤続年数の順に並べていくと、年齢や勤続年数が増えるに連れて賃金も上がっていき、ほぼ右肩上がりのカーブが描かれます。その姿は、必ずしも1本の線で代表されるわけではありませんが、そこで、おおよその傾向を線で示したものを「賃金カーブ」といい、それらの賃金カーブを内包した現在の賃金分布全体の姿を賃金構造といいます。

 これは、年齢と勤続年数にともなって、仕事のスキルが上がる一方、生計費も上昇することに対応しているもので、一般的には「年功カーブ」とも呼ばれています。

 欧米のように賃金が主として仕事や職種・職務で決められている場合や、成果主義型賃金体系の一種である役割だけで賃金が決められる制度の場合には、賃金は右肩上がりのカーブにはならず、職種あるいは仕事・役割ごとの水平線状になります。

 そこで、賃金構造というのは、長期的な雇用を前提に、職務経験や企業内教育を通してスキルアップし、それが地位や処遇の改善に結びつくという日本型の人事処遇システムを端的に示すものといえます。


Q8−3.そうした「賃金構造」は、その企業や労使関係にとって、どんな意味を持っているのか?

 一定の賃金カーブを内包する賃金構造の背景にあるのは、ある一定の仕事に対してその都度賃金を支払うという考え方ではなく、スキルアップと生活スタイルの変化に対応しながら、長期的な雇用関係全体を通じて、賃金を支払うという考え方であり、定年制もその中に含まれます。

 働く側にとっては、将来の生活設計を立てやすく、経営側にとっても、安定的な人材確保と企業内教育を通じた労働生産性の向上をはかりやすいという、労使双方におけるメリットが、そうした仕組みを支えてきたと考えられます。そこで、賃金構造とは、賃金分布の現状を示すだけでなく、若年者にとっては、その企業において自分が将来辿って行くだろう賃金のおおよその姿を示しています。

 これは、経営者が長い経過のなかで自ら作り上げてきたものであり、職場に賃金表や定期昇給制度がない場合でも、この賃金構造は事実上ルール化されているものと考えられます。すなわち、賃金構造というのは、その企業における人事処遇のルールを示したものといえます。


Q8−4.成果主義と「年功賃金の見直し」とは?

 成果主義の掛け声の下に、「年功賃金の見直し」が進められています。個々の実情は様々ですが、多くの場合、それは、賃金決定に占める評価部分を拡大する一方で、年功的部分の縮小・見直しはかろうとするものであり、その程度に様々あっても、年功的要素を完全に否定した制度というのは、ごく少数に過ぎません。また、どんな賃金制度にせよ、家族を含めた生活費を充足する賃金水準は、絶対に確保される必要があります。従って、いかなる賃金制度見直しの動きのなかでも、賃金構造の意義は、基本的には変わっていないといえます。

Q8−5.賃金構造維持とベースアップとの関係は?

 賃金構造維持というのは、全体から見た場合には、1年経っても賃金構造の姿が変わらずに同じ形を保っていくことであり、一人ひとりの労働者にとっては、1年経って昇給が実施され、同じカーブ上に位置する先輩労働者の賃金に追いつくことです。そうした一定の賃金構造が存在している場合には、労務構成が一定であれば、賃金構造の維持によって、経営側に新たなコスト負担は発生しません。  これに対して、ベースアップとは、成果の配分や生活の維持・向上を目的に、この賃金構造(賃金カーブ)そのものを引き上げることを意味します。

Q8−6.「賃金構造維持は経営の責任」という意味は?

 勤続年数が1年伸び、年齢が1歳増えることに伴う賃金の上昇は、いますでにある職場のルールに基づくものですから、その上昇幅も職場ごとにほぼ決まっています。それは、職場に賃金表があればすぐに算出することができますが、賃金表がなくても、おおよその賃金カーブを描くことによって、おおよその数字をはじき出すことは可能です。

 この上昇分をきちんと確保し、全体としての賃金カーブを維持していくことは、現行の職場のルールを守ることであって、こうしたルールが損なわれるようなことになれば、みんなで協力して仕事をするといった職場の雰囲気は生まれません。経営者がこの賃金構造を維持しないとしたら、自ら作ってきたルールに反することになります。

 すでに触れたように、多くの組合員は仕事を通じたスキルアップによって先輩の仕事レベルに追いつき、それに見合った賃金が支払われることを期待して仕事をしているのですから、職場秩序を反映した賃金カーブを維持することは、職場ルールを維持する=職場のモラルを維持することであり、経営として当然負うべき責任といえます。


Q8−7.「一歳一年間差」とか「内転原資」とは何のことか?

 定期昇給と昇格昇給を合算したもの、つまり勤続1年と年齢1歳が経過した後の所定内賃金の増加額が「1年1歳間差」です。
 各年齢に一人ずつ実在者がいる場合、「1年1歳間差」の賃金上昇があっても労務コストは変わりません。最上位者の退職と最下位者の採用による入れ替えの結果、各個人の賃金は上がっていますが、その企業の賃金総額は1年前と変わらないのです。すなわちそこでは、定期昇給原資は、退職と採用によって、年齢的な労務構成の変化がなければ、昇給コストが吸収されるという意味で「内転原資」の性格を有しています。
 同じように、家族構成や任用構造も一定であると考えれば、昇格昇給も含む1年1歳昇給分も、直接的には労務コストに影響しません。

 実際には、労務構成の変化に伴い、これら昇給原資も労務コストの増減をもたらします。とくにここ数年間は、「団塊の世代」層の勤続年数増加が労務コスト増加の大きな要因になり、中高年層の賃金構造見直しの大きな背景となっていましたが、逆に2007年以降は、その世代が定年退職を迎えることになり、その分のコスト減少が見込まれています。


【9.成果主義について】

Q9−1.この間の成果主義型賃金制度の特徴は?

 近年ブームのように、数多く賃金制度の改訂が実施され、そうした全体の動きの中で、「成果主義」という言葉がスローガンのような役割を果たしてきました。そうした全体の動きに共通する特徴は、従来型の年齢・勤続あるいは潜在的能力といった年功的な要素に基づく「定期昇給」部分の縮小をはかりながら、賃金決定要素として、労働者個人が担う仕事・役割や成果を重視するという考え方の下に、従来の賃金構造を変更していくという点にあります。但し、こうした変更は、現行の賃金構造維持分を確保した上で行われるべきものであることは言うまでもありません。

 ここ数年の間に実施されてきた賃金制度改訂における特徴としては、内容も程度も様々ですが、およそ次のような点を挙げることが出来ます。
@目標管理制度(評価面接制度)の導入
A年齢や勤続年数によって昇給していく属人給(年齢・勤続給)の縮小・廃止
B評価給(能力給)における定期昇給的な部分の縮小
C従来の職能資格等級を大くくり化(職群化)と、昇給における昇格昇給部分の拡大
D昇給停止上限水準の設定

 賃金構造とは、これまで触れてきた通り、長い経過の中で作り上げられてきた職場あるいは企業のルールであり、その変更は容易なことではありませんが、企業をとりまく環境が大きく変化し、企業の存続にとって、その必要が生まれている以上は、労働組合として積極的に関与していくことが求められている、というより、労働組合の関与こそ求められています。賃金構造の意義を、過去、現在、将来にわたって理解し、それについて経営に直接提言できる労働組合の能力向上が求められています。

 また、「成果主義」に基づく賃金制度の改訂から数年を経て、当初予想されなかった様々な問題点に対する是正が、新たな課題となっている場合もあります。


Q9−2.成果主義とはどういうものか?

 成果主義の考え方は、労働者個人の自己実現要求や仕事に対する充実感を満たすことによって、より多くの成果をあげることを目的とするものです。経済のグローバル化を背景に、サービス化が進行し、製造業でも非定型的な仕事が中心となっている職場では、労働者自身が成果主義に基づく報酬体系を求める場合もあります。

 しかし、製造現場などチームワークが重視される仕事や作業の標準化が進んでいる仕事に対しては、成果主義の考え方そのものが適しません。あるいは、人件費コストの抑制をはかることを主たる目的として、「成果主義」の名前だけを借りたような制度の改訂・導入提案も少なくありません。そうした状況を見極めた対応が求められます。


Q9−3.成果主義型賃金制度の導入が提案された場合は?

 それまでは大手が中心だった成果主義型賃金制度の導入が、2003年以降、中小にも広がっていることがJAMの中でも指摘されています。「賃金構造の維持は経営の責任」という観点から、新しい制度によって、個人の賃金が、何らの移行措置もないまま、いきなり大幅に下がるような制度改訂や制度導入については、労働組合として反対せざるを得ません。
 またそのように労使の検討が十分でない制度の改訂や新規導入は、その後の職場に無用の混乱をもたらし、企業活動にとっても悪い影響をもたらし兼ねないことを、経営に対して強く提言していく必要があります。
 何れにせよ、賃金制度の改訂にあたっては、現在の実態、新しい制度の目的と趣旨、将来における影響や効果 ―― 等について労使で十分検討しなければなりません。

 他方、厚生労働省の「労働経済白書」2008年版・2009年版は、行き過ぎた成果主義の弊害を問題として取り上げていますし、成果主義を巡る様々な問題点が指摘され、この間の賃金制度改訂ブームに対する反省と批判が盛んに行なわれるようになってきました。
 何れにしても、職場の実情と現行の賃金実態を十分踏まえ、密度の濃い労使協議を図って行く必要があります。


Q9−4.賃金制度の改訂や改訂後の運用に対する労働組合としての留意点は

 JAMでは、以下の諸点を対応指針としています。
1.評価制度について
(1)評価制度に対するチェック項目
1)最低規制
2)評価の最大幅の設定
3)評価ランクにおける人員比率のチェック
4)評価基準の公表
5)評価結果の本人へのフィードバック
6)評価者教育への執行部の参加
7)苦情処理制度の確立
(2)評価制度に関する留意点
1)最終的にどのような分布図にしたいのか
2)評価基準は適切か。借り物でないか。職場の実状を反映しているか。職場の問題点を解決できる基準になっているか
3)評価者を含め、職場から信頼される運用が出来るか。

 2.成果主義型賃金制度について

(1)成果主義型賃金制度の導入要件
1)仕事の独立性が高く個人の成果が明白であること
2)成果を上げる条件が公平かつ十分に与えられていること
3)個人の仕事の成果が直接的金銭価値に結びつくこと
(2)成果主義型賃金制度への具体的対応について
1)導入の目的が、単に組合員の間に格差を付けるものでなく、組合員の仕事に対する満足感を高めると言い切れるか
2)導入されようとする職場の作業内容が、(1)の1)〜3)で示した項目(成果主義型賃金制度の導入要件)を満足しているか。
3)評価方法が適切であるか。特に成果の判断基準となるべき指標(評価基準)が客観的で適切なものであるか(上記1.(1)「評価制度に対するチェック項目」に基づく検討を行う)
4)本人希望による職場移動行われているか。移動可能人員以上の希望があった場合の選択は客観的で公平か。
5)収益目標を部門間に配分する仕方が公平か
6)個人や集団の目標達成の評価に当たって、個人または集団の責に帰せられない要素をどこまでカウントするか


Q9−5.年俸制とはどういうものですか

 ―― 厳密な意味での年俸制は、「賃金の全部または相当部分を労働者の業績等に関する目標の達成度を評価して設定する制度」(菅野和男「年俸制」日本労働研究雑誌408号)と解されています。

 年俸制は、1年間にわたる仕事の成果によって翌年度の賃金額を設定しようとする制度ですから、労働時間の量(割増賃金)を問題とする必要のない管理監督者や裁量労働制適用労働者に適した制度といえます。

 しかし、導入に当たっては、労働協約・就業規則の変更が必要であり、変更の合理性が問題となります。当然、目標設定とその評価についての手続きと苦情処理の手続きが公正なものとして制度化されていることが必要だと法的にも解釈されていることに留意し、前項「 9−4.2.成果主義型賃金制度について 」に準じた対応が必要となります。

 年俸額は、毎年の個別交渉によって決定されるので、業績評価による個別的引き下げが起きることにも留意し、その場合の限度額を明記する等の協約が別途必要になります。さらに、一般的かつ一様の引き下げも考えられます。この場合は、年俸制の枠組み変更が必要となり、そのための労使交渉が必要となりますが、個別的引き下げと一般的かつ一様の引き下げの違いについての区別が明確になるような仕組み、年俸額の個別的変更に関して、労働組合が職場別、ランク別にその評価内容を把握し、評価結果の分布等をチェックできるような制度が重要になります。

以 上