TPP交渉参加各国ナショナルセンターのTPP対応指針(上)

TPP前史

 かつて世界大戦の要因ともなった、保護主義の台頭や経済のブロック化を阻むためには、世界共通の公正なルールに裏付けられた国際通商関係が構築されなければならない。第二次世界大戦後に、ケインズの構想に基づいて設立が目指されたITO(国際貿易機構)は、アメリカ議会の批准が得られず結局日の目を見ることはなかったものの、国際通商関係の理想を追求したものとして歴史的意義を有している。

 実際の戦後国際通商関係史をみると、GATT(貿易関税一般協定)の下で農工業製品の貿易自由化が進行した一方で、新自由主義・市場原理主義の全盛時代にIMF(国際通貨基金)や世界銀行が主導して発展途上国を席巻した「自由貿易」は、格差や貧困・飢餓など多くの災厄をもたらし、今日に至るまで大きな禍根を残している。

 投資を中心とした金融・資本分野の通商問題については、1995年からOECD(経済開発協力機構)で検討されたMAI(多国間投資協定)を巡る論争が記憶に新しい。米国政府が主導したMAIは、国際投資を自由化し多国籍企業に自由と権限を与えるもので、現地政府は外国企業への規制を禁止される一方で外国企業への補償義務を課せられることになっていた。国際産業別労働組合や各国のNGO・市民団体の大規模な反対運動が世界に広がり、結局MAIは1998年にフランスが交渉から離脱したのを機に挫折した。

各国ナショナルセンターのスタンス

 WTO(世界貿易機構)ドーハ・ラウンドの一括合意が暗礁に乗り上げる中で、二国間のEPA(経済連携協定)-FTA(自由貿易協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)のような地域協定が盛んに締結されるようになった。

 TPP(環太平洋経済連携協定)もそうした背景の下に誕生した。もともとはチリ、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイの4ヶ国間の協定(P4)で、取り立てて注目を惹くものではなかったが、2008年に米国が正式参加し、投資・金融サービス分野の交渉が開始されるに至り、拡大TPPは質的にも大きく変化した。

 ここでは米国参加後のTPP協定各分野に対する各国ナショナルセンターの見解や対応指針を紹介する。各ナショナルセンターとも貿易協定の原則には反対してはいないとしつつ、交渉過程や具体的協定内容については多くの留意点を挙げている。関心の中心は、交渉過程については情報公開(透明性)と労働組合や市民社会の参加に向けられている。また協定内容については雇用の保護や創出、労働者の権利擁護が重視されているのは当然として、1990年代のMAI反対闘争の経験に踏まえて、投資分野とりわけISDR(投資家と政府間の紛争解決制度)について厳しい注文をつけているのが特徴である。
付記
* 資料翻訳は、明治大学労働教育メディア研究センター客員研究員・山崎精一氏による。
* 「その懸念の理由」の原注はNZCTUリーフレットの原文による。
* 訳注は月刊JAM編集部による。
  (原注・訳注はマウスカーソルを乗せると表示される。または、文書末に掲載)
@ 合衆国政府の提案するTPPへの態度表明 AFL-CIO 2010.1.25
A オーストラリア外交通商省に向けた、TPPに関するオーストラリア労働組合評議会(ACTU)の見解 2010.6.21
B ニュージーランド労働組合評議会(NZCTU)は環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉について重大な懸念を表明する 2010.5.12


環太平洋経済提携交渉に関する労働組合宣言   pdfファイルはこちら

オーストラリア労働組合評議会 ACTU
ニュージーランド労働組合評議会 NZCTU
シンガポール全国労働組合評議会 NTUC
アメリカ労働総同盟・産業別労働組合会議 AFL−CIO

環太平洋経済連携協定交渉での
透明性と市民社会参加を保障すること
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オーストラリア労働組合評議会 ACTU
チリ労働組合連合 CUT
ニュージーランド労働組合評議会 NZCTU
ペルー労働組合連合 CUT
ペルー労働組合総連盟 CGTP
シンガポール全国労働組合評議会 NTUC
アメリカ労働総同盟・産業別労働組合会議 AFL−CIO

投資に関して   pdfファイル

オーストラリア労働組合評議会 ACTU
チリ労働組合連合 CUT
ニュージーランド労働組合評議会 NZCTU
ペルー労働組合連合 CUT
ペルー労働組合総連盟 CGTP
シンガポール全国労働組合評議会 NTUC
アメリカ労働総同盟・産業別労働組合会議 AFL−CIO

TPPに関する地域団体のオーストラリア政府への申し入れ   pdfファイル

オーストラリア労働組合評議会
オーストラリア教育労組
オーストラリア製造業労組
オーストラリアサービス産業労働組合
地域公共セクター労組州政府サービス従業員連盟
地域公共セクター労組連邦公共セクター労組
建設林業鉱業エネルギー産業労組
建設林業鉱業エネルギー産業労組退職者会
金融セクター労組
海員組合ビクトリア州支部
全国高等教育労組
労働組合海外援助-APHEDA
その他

環太平洋経済連携協定 その懸念の理由   pdfファイル

ニュージーランド労働組合評議会 NZCTU




TPP交渉参加各国ナショナルセンターのTPP対応指針(下)

 引き続いてオーストラリア:ACTU、ニュージーランド:NZCTUおよび米国:AFL-CIOが提案した、それぞれ自国の政府に対する意見書を紹介する。特にACTUとAFL-CIOの資料はかなりの長文なので、冒頭に簡潔な解説を付す。

ACTU:環太平洋経済提携協定(TPP)に関する
オーストラリア外務通商省への意見書
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 箇条書きで57項目にわたる意見書の中心は「投資」に関わる部分である。「TPPはオーストラリア国内において、国内投資家より大きな権利を外国投資家に与えてはならない(19項)」というのが基本的主張。因みに米豪FTAにはオーストラリア政府が反対したため「投資」に関する条項がない。「医療品給付制度(42-43項)」はTPPが政府による国内の福祉政策を後退させることを懸念した事例の典型である。

NZCTU: NZCTUはTPPの交渉について重大な懸念を表明する   pdfファイル


 8月号で紹介したNZCTUのリーフレット「環太平洋経済提携協定 その懸念の理由」 と内容的に重複するが、今回の資料は労働組合としての声明。「TPPは貿易以外の事項を含んでいる。先に述べたような危険はないと保障されない限りTPPに反対である。」との主張は各国労組の最大公約数と言える。

AFL-CIO: 提案されている環太平洋経済提携協定に関する意見書   pdfファイル


 掲載した目次から分かるように、非常に多岐に渡る意見書である。NAFTAなどの経験から自由貿易協定が雇用や国民生活に多大な影響を与えるとの認識が窺える。個別項目に関する見解は「雇用」と「投資」の部分のみ訳出したが、実はこの2項だけで意見書全体の約半分の分量を占めている中心的な論点である。「雇用」に関しては前出のACTU意見書が評価している米ペルーFTAの規定を、なお不十分として補強を求めている。また一部で評価されている現行TPP(P4)の労働に関する覚書は実効性が乏しく、新TPPの労働条項の模範となるべきではないと明言している。「投資」についても米ペルーFTAで浮上した問題点などを基に具体的な補強提案を行っている。

付記

* 資料翻訳は、明治大学労働教育メディア研究センター客員研究員・山崎精一氏による。
*「環太平洋経済提携協定に関するオーストラリア外務通商省への意見書」の原注および「提案されている環太平洋経済提携協定に関する意見書」の原注は原文からの翻訳。
* 訳注は月刊JAM編集部による。
 (原注・訳注はマウスを乗せると表示される。または、文書末に掲載)



TPP交渉に関するIMF(国際金属労働組合連盟)の声明   pdfファイル

 IMF(国際金属労働組合連盟)は2011年8月29日に、スイス・ジュネーブにおいて「IMF貿易・雇用・開発に関する作業部会・臨時会合」を開催し、TPP交渉に関する声明をまとめた。

 IMFは金属労協(IMF-JC)を介してJAMも加盟している金属部門の国際労働組合組織(GUF)である。4年に1回世界大会を開催し各国構成組織の行動指針となる「アクションプログラム」を採択しているが、アクションプログラム2009-2013では「混迷を深める世界貿易の体制」の項で「各国政府は労働者の利益よりTNC(多国籍企業)の利益を絶えず優先させており、これは貿易問題に特に顕著に表れている。現在の世界貿易体制は、持続可能な発展の問題に取り組んで世界中で労働者のニーズに応える能力がないことを露呈し続けている。工業製品の貿易自由化促進に関する(WTO協定の)現行案は、多くの発展途上経済で進歩の見通しを損ない、発展途上国と先進国において多国籍資本に対して労働側を弱体化させることから、労働組合はこれらの案に強く反対している。多国間主義が危機に瀕している一方で、多くの場合、労働組合との協議・意見抜きで取り決められた二国間・地域貿易協定が急増している。」と主張している。

 この度の声明は、こうした判断を基本にTPPが21世紀に相応しく、労働者や労働組合にとってメリットのある貿易・投資協定となるための必須条件を述べており、基本的には月刊JAM誌8−9月号で紹介した、TPP交渉参加各国ナショナルセンターの対応指針と同様の考え方が示されている。
 なお、今回掲載するIMF声明日本語版は金属労協(IMF-JC)の仮訳である。